お笑い観覧記 ライブレポート

50歳を目前にして東京へ!ベンビーの新しい門出を祝う送別会にファンや仲間が大集合!〜お笑い県営団地 ベンビー送別会ライブ・ライブレポート〜

(ライブレポートのため、出演者の敬称は略させていただきます。ご了承ください)

1月27日に開催されたオリジン・コーポレーションが主催するライブ、オリジンお笑いライブ「喜笑転決Vol.334」内での発表に、沖縄お笑い界は大きく揺れた。

ベンビー、4月から活動拠点を東京へ!

肩書きが「芸人(役者)」から「役者(芸人)」となっていたことも、布石になっていたのかもしれない。

沖縄を代表するタレント、ベンビーが沖縄を離れてしまう…。ファンにとっても大きな衝撃を与えたことだろう。

そんなファンの想いを汲み取ってか、東京へ出発する前にベンビーは積極的にライブを行い、ファンとの交流する機会を数多く作ってくれた。

筆者は、その中のひとつ、「お笑い県営団地 ベンビー送別会」に参加してきた。実を言うと、筆者はベンビーのライブを観に行くのは2回目という(笑)超初心者だ。「てんたか」でコントをするベンビーの姿を観て、「これは東京に行ってしまう前に、もう一度会いに行かなくては!」と思い、このライブの告知を見てすぐに予約した次第だ。

ライブが開催されるのは、安里十字路すぐそばにある居酒屋「鉄板酒場ますお」。リーズナブルな価格と接客の良さで人気のある居酒屋だ。ライブは、送別会というだけあり、食べ飲み放題ありのざっくばらんな雰囲気。

とは言え、初めてのライブにたった1人で参加する不安は大きい(苦笑)。入店前には、すでに行列ができており、楽しく話ながら開場を待つ人々の顔が並ぶ。筆者は、やや不安になりながら(笑)、列の最後尾に並んだ。

開演前

開場を待つ中、FEC所属の芸人「ハンサム」の金城が餞別用にとポチ袋を配っていた。ベンビーを驚かせたいとのことで、内緒にしておいてほしい旨も伝えている。また、「強制ではないから」との断りも入れていたところに、お客さんへの優しさも感じられた。

受付を済ませ、店内に入ると、すでにグループごとに座っているお客さんの姿が。その光景に気圧されてしまう筆者(笑)。とりあえず、まだ誰も座っていない座席にこっそりと座ってみた。

時間の経過とともに、筆者の周りの席にも人が集まってくる。と、ここで神様の悪戯か、別のイベントで知り合いになった男性が筆者の2個隣の席に!「助かったぁ」と思いながら、久し振りの再会を祝し、おしゃべりをしていた。

そして、ここからが沖縄の素晴らしいところ。隣に座った女性グループの皆さんのノリが良く、筆者に話しかけてきてくれたのだ。笑いの感性も同じだったので会話が弾む弾む。

ここで、お笑いイベントに、ひとりで行くことに躊躇している方に断言したい。沖縄のお笑いイベント、ひとりで行っても絶対楽しめる!周りのお笑い好きの皆さんと仲良くなれるので、お笑いイベントにぜひ参加してほしい。お笑い好きの人々が、あなたが来るのを今か今かと待っている。

開演前には、お酒を片手に、すでに少し酔っ払った(笑)ベンビーが各テーブルに挨拶に。気さくにファンと乾杯し、交流を楽しんでいる。筆者も、その輪の中に入れてもらえた。ベンビーのファン想いな優しさが、レモン酎ハイ以上に体にしみた瞬間だった(笑)。

オープニング

会場も良い雰囲気に出来上がってきたところで、お笑い県営団地のメンバー、空馬良樹、ハンサム(金城博之・仲座健太)、キャンヒロユキの4人が先陣切って登場。

「いやぁ、こんなに集まってくれて嬉しいですねぇ」

会場に詰めかけたお客さんを見回しながら、空馬がお礼の言葉を述べる。会場はそれに拍手と歓声で答えた。

たくさんのお客さんが来てくれたことを喜ぶ空馬だったが、なぜかここで、まったく関係のない質問を叩き込んできた(笑)。

「僕、読谷の出身なんだけど、那覇の人たちって…ちょっと胸大きくない?」

エッジの効き過ぎた空馬の質問に、会場からは苦笑いにも似た笑いが起きる(笑)。と同時に、マイクがハウリングを起こす始末(笑)。

「よっきーさん、マイクがハウルからスピーカー向いてしゃべらないでくれます」

仲座が素早くツッコミを入れると、会場から笑いと拍手がわき起こる。さすがハンサムのツッコミ担当の仲座。間髪入れないツッコミで会場の「苦笑い」の雰囲気を一変させた(笑)。

さらに、これに被せるように、当日放送されていたお笑い番組がテレビに流れていることを指摘。こっちの方が面白いからテレビを消してくれという空馬に対して、仲座が言い放った一言に、これまた会場は笑いに包まれる。

「この番組も面白いよ!この番組、見たかったのに!」

連携の取れた一連の流れは、まさにベテランのなせる業。会場は一層盛り上がる。会場があたたまったところで、このライブを開催した趣旨やお笑い県営団地についての説明が行われた。

ベンビーが東京へ活動拠点を移すことをきっかけに、メンバー全員で送り出そうということで、お笑い県営団地、何と12年ぶりの開催となったそうだ。

そして、ここでキャンが驚きの事実を報告する。このライブ、60席が用意されたのだが、誰が一番集客したのか、という話題を全員に振ったのだ。当然、ライブの主役であるベンビーに違いない、と会場内は思っていた。

「僕、裏方なんですけど(キャンは脚本家、放送作家として活躍している)、今日60キャパのうち、僕が売ったのが41枚」

なんと、ベンビー送別会として開催されたにも関わらず、最も予約を取ったのが、裏方として活躍するキャンだったのだ(笑)。この報告に、会場からは歓声と万雷の拍手が巻き起こった。元々は芸人として活動していたこともあるキャンの本領が発揮された瞬間だった。

ちなみに、チケットの売上枚数は、仲座が4枚、空馬、金城が3枚づつだったそうだ。キャンの集客力、恐るべし(笑)。

4人の盛り上げで会場はすでに熱々の状態になり、ベンビーを迎え入れる準備は万端だ。いよいよ、今日の主役が呼び込まれる。

盛大な拍手と指笛が鳴り響く中、ベンビーが壇上に登場。すでに顔は赤らんでいる(笑)。

「どうもどうも〜。向こうで見てたんですけど、もうちょと4人を見ていたかったなぁ」

この一言に、お客さんから笑い声と歓声が上がる。3月はライブを詰め込みすぎていて、集客に関して、まったく読めていないというベンビー。ここでは、新しくなった「セミングスーン」Tシャツなどグッズをおすすめしていた(笑)。

「お金がほしい〜!」

という心からの声が漏れる中、金城が「お金あるだろ!」とツッコミ。息ぴったりのやり取りに会場は爆笑に包まれる。

オープニングの最後は、ベンビーが乾杯の音頭を取ることに。

「今、僕すでに4杯目でございます」

開演から15分程度しか経っていないにもかかわらず、すでにお酒をガッツリと飲んでいることを告白したベンビーに、拍手と指笛で盛り上がるお客さん。そう、お客さんもすでにお酒が入っていたのだ(笑)。

「一昨日、昨日と休肝日にして来たので、今日はとても楽しい!それでは盛り上がっていきましょう!カンパーイ!!」

お客さんも、大きな声で「乾杯」を叫び、高々とグラスをかかげる。そして、集まったお笑い仲間とグラスを重ね合わせる。笑いあり、涙あり(?)の楽しい時間、「お笑い県営団地 ベンビー送別会」がついに始まった。

ベンビーの思い出トーク

「お笑い県営団地 ベンビー送別会」一発目のコーナーは「ベンビーの思い出トーク」だ。これは、フリップに書かれたメンバーとベンビーとの思い出を語るコーナー。あのとき、本当はどう思っていたのかなど、レアな話が飛び出すかもしれない、ベンビーファンにとっても、お笑い県営団地メンバーのファンにとっても垂涎のコーナーだ。

トークテーマ①:「しぶしぶだった?」

お笑い県営団地メンバーがどうしても聞きたかったというテーマが、「しぶしぶだった?」だという。

これは、お笑い県営団地を初めて開催した頃の話。企画を持ってきたのは、キャンヒロユキ。「やってみませんか?」の一言で集められ、開催されたのが始まりだったそうだ。その際、空馬やハンサムの2人は「面白そう!」と乗り気だったというのだが、果たしてベンビーはどう思っていたのかを聞きたかったという。

元々、ベンビー、ハンサム、キャンはFECで一緒だったそうで、キャンがNSCで勉強がしたいということで吉本へ。その後、キャンが沖縄に帰ってきた際に、ライブをやりたいと考えて誘ったのが4人だったという。その理由は、「お笑いを辞めない人」だったというのだから、キャンの先見の明をうかがわせるエピソードだ。

声を掛けた際、ベンビーは承知してくれたものの、今考えると他の4人と比べて、熱量が高くないように見えたという。この時期、メンバーは沖縄で活動しているものの、みんな事務所も違い、そこまで仲が良いわけではなかったらしい。そんなこともあり、本当はしぶしぶ参加していたのではないかというメンバーからの疑問だった。

「正直な気持ち、俺だけテレビのレギュラーあるしなぁと思って」

その一言で会場は爆笑に包まれる。実際は、単純に絡みもなかったし、自分自身が人見知りだったこともあり、どうしようかなぁと迷いがあったそうだ。しぶしぶだったということはなく、「やりたかった」がベンビーの本音だったとのこと。

本音が聞けて、ホッとしたムードの5人(笑)は、ここから若手の頃の思い出話に。ピン時代の仲座をオリジンに入れたかった話や、ピンの時代の金城は「う〜ん…」だった話(笑)、空馬のコンビを組んでいた頃の話などが飛び出す。

ところが空馬の話の最中に、「あまり盛り上がっていないみたいなんで、次のテーマ行っても良いですか?」とカットインされ(笑)、このテーマは終了した。このやり取りは、会場の爆笑を誘っていた(笑)。

トークテーマ② MD

次のトークテーマは、懐かしい響きが否めない(笑)「MD」だ。このテーマを持ってきたのは、ハンサムの金城。

MD全盛期の時代、ライブを録音しようということでMDウォークマンを利用していたという。そのMDウォークマン、実は金城の奥さんの私物で、7〜8万円したものだったそうだ。

それを稽古や本番の際にベンビーに貸していたという金城。他のメンバーもその様子をみていたようで、同意している。

このMDウォークマンの件について、衝撃の事実がここで暴露されることになる。なんと、ベンビーはそのMDウォークマンを落として、壊れたまま返し、そのまま放っていたというのだ(笑)。この一言に、会場からは笑いが漏れる。

「知らないふりして、東京に行こうとしている」

金城の怒りの(笑)ツッコミに、平謝り状態のベンビーだったが、ちょっとした抵抗を試みる(笑)。

「あの頃は、お金もなくて、ちょっと没落気味だったから、金城さんの息子さんの入学祝いに10万円くらい、ポンとあげようと思ったんですよ」

このエピソードに、お客さんは「お〜!」と驚いたのだが、実は続きがあり、

「思ったんですけど、状況があまり変わらなくて、いつか返そう、いつか返そうと思ったら、金城さんがポンと売れたから良いかなぁって」

と言い放つベンビー。お客さんは笑いと拍手で応えるが、金城は「それとこれとは別だろ!壊したものは返せよ!」と常識的なツッコミ(笑)。会場からも笑いが起こっていた。

「いや、気には掛けていたんですよ。僕こういうのは忘れないですから。」

慌てた様子で釈明を繰り返すベンビーの姿に、会場は大盛り上がり。謝罪の気持ちがあれば、許す気にもなると言う金城の言葉をとらえて、

「もう大丈夫って言ってました。MD(もう大丈夫の頭文字)ということで!」

と、大喜利のようなオチをつけたところで、テーマが終了。会場は、拍手と笑い声に包まれた。

トークテーマ③ 靴

唐突なテーマに、キョトンとするベンビー。このトークテーマを語るのは、ハンサムの仲座だ。

お笑い県営団地を開催したときのこと、稽古をしていく中で、どんな衣装にするのかをメンバーで決めていたという。そして、ライブ前日、キャンから「衣装は準備してくるけれど、靴などの足回りは忘れがちになるから、絶対に忘れないように!」と注意があったそうだ。

しかし、当日、ベンビーと金城がガッツリ靴を忘れるという大失態(笑)。キャンは怒りはしなかったものの、明らかに不機嫌になったそうだ。

「俺、靴忘れたんだけど、やばいなぁと思ったときに、あっ、仲間がいたってなったからね」

と、ベンビーではなく、金城がこのエピソードの美味しいところを持っていってしまう(笑)。出演者だけでなく、お客さんもこれには爆笑してしまっていた。

ベンビーは忘れ物癖があるようで、キャンがNSCで芸人の育成に携わっていた頃、吉本が開催していたライブにゲストとして呼んだときのエピソードを披露する。

吉本の若手に口酸っぱく、足元は絶対に忘れるなと指導していたところ、ベンビーが靴を忘れてしまい、若手に借りて良いかと聞いてきたのだという。会場からは、「ええ〜っ!」と驚きの声が上がる(笑)。

さすがにそれをOKすると、示しがつかないということで、キャンはベンビーにこう伝えたという。

「ベンビー、悪いけど靴買ってきて」

この一言に、お客さんからは「かわいそ〜」の声が。ベンビーが悪い場面なのだが(笑)、ファンにめちゃくちゃ恵まれているベンビー。どれだけ愛されているかが、お客さんのあげる声からうかがい知れた瞬間だった。

結局、会場外にある靴屋に向かったベンビーだが、ここで思いもよらない展開が待っていた。なんと、靴屋の店員さんがライブで履くだけなら、その後に返してもらえれば大丈夫ですと言い、靴を貸してくれたのだという。これには、会場からも驚きの声。

キャンは、吉本の若手に対して、「ベンビーにも注意して怒ったんだぞ」というピリピリ感を出していたのに、本人は臨機応変に対応して解決しましたという表情だったと苦笑いを浮かべる。

また、忘れ物が多いのに、記憶力はすごいようで、5分のネタを30分程度で覚えられたり、テレビ番組では、円周率を19桁まで覚えたというエピソードも披露され、お客さんから歓声を浴びていた。

その後、ベンビーのX(旧Twitter)での忘れ物に関するつぶやきを紹介し、いかに忘れ物が多いのかを紹介するなど、お客さんの笑いを誘う展開に。

さらには、忘れ物エピソードも絡めて、オリジンの会長との秘話も紹介し、大爆笑を誘っていた。

ここで、ベンビーの思い出トークのコーナーは終了。会場を大いにわかせて次のコーナーへと移っていく。

ベンビー記者会見

続いては、お客さんが記者となってベンビーに質問を投げかける「ベンビー記者会見」のコーナー。

ベンビーに聞きたいことが聞けるとあって、お客さんのテンションは急上昇だ。ベンビー大好きなファンにとっては、まさに垂涎の瞬間。司会進行役の空馬が記者会見の始まりを告げる。

「本日は、記者会見にお集まりいただき、誠にありがとうございます。ベンビーさんがいらっしゃっていますので、各社2分程度で質問いただきたいと思います。写真もどんどん撮ってください。それでは登場していただきましょう、ベンビーさんです」

2度、3度と頭を下げながら会見場に登場したベンビー。なんと、記者会見場からハイボールを注文する(笑)。空馬が「こっから注文するの?」のツッコミに、集まった記者も笑い出してしまった。

ここから、大爆笑の記者会見が始まる。真っ先に手を挙げた記者の質問は次の通り。

「県下No.1の進学校から大学進学、留学までしたベンビーさんがお笑いの道に進んだのは、なんでですか?」

この質問に、ベンビーは丁寧に答えていく。26歳でお笑いの道に進んだこと、それまでやりたいことがなかったことを語る。

「まあ、医者にもなれる、弁護士にもなれる、公務員にもなれるではあったんですけど」

との一言には、会場が笑いに包まれたのだが(笑)、その後の回答は非常に丁寧なもの。

きっかけは、オリジンの新人発掘オーディション。ダウンタウンを見ては、ああでもない、こうでもないとダメ出し(笑)をしていた当時の相方、神田さんと一緒に受けにいったのがきっかけだったという。

オーディションには「ハンジロウ(前の「しゃもじ」)」も参加しており、審査の合間にはピン芸人として活躍していた、現「スリムクラブ」の真栄田が登場したのを見て、お笑いをやってみたいと思ったのがきっかけだったそうだ。

「高校時代、キャンさんと毎日大喜利をしていたと聞いています。そのときの心境を教えてください」

ここで、ベンビーから次のような事実が明かされる。キャンは、なんと正しい悪い人たち(笑)のリーダー的な存在だったと言うのだ。

そんなキャンも参加する夜のクラス会(笑)に、年に数回程度しか参加していなかったのだが、キャンを見て「怖いヤツがいるなぁ」と思っていたらしい(笑)。

ここで空馬が突然、「謝ってもらって良いですか?」と声を掛ける。夜のクラス会に参加していたことへの謝罪なのか何なのかは分からないが、ベンビーはとりあえず謝ってしまった(笑)。

「でも、それを踏まえた上で今があって、皆さんと会えているということですからね」

と、最後はベンビーではなく、空馬がこの質問をキレイにまとめていた(笑)。

「ベンビーさんはいつ頃から東京へ行こうと考えていたんですか?もう物件も押さえているんですか?」

3つ目は、ファンならばどうしても聞きたかったであろう質問が飛び出した。果たして、ベンビーは東京行きをいつ頃から考えていたのだろうか。大勢のファンの前で、ベンビーの口から語られた。

沖縄で東京行きを言おうと考えたのは、昨年の8月だったというベンビー。オリジンに所属する前、お笑いをやろうと決めた際にNSCに行くか、オリジンに行くか迷ったそうだ。

しかし、東京では埋もれてしまう。それなら、沖縄でトップを取ってからだと考え、O-1グランプリ優勝など実績を積んでいく。

ここ10年は、オリジンの社長でもある首里のすけ(しんとすけ)とずっと世界行くぞという話をしていた中で、いつかは沖縄を出なくてはいけないなぁと感じたのだという。

自分自身は、計画を立てて動くタイプではなく、人生タイミング待ちで、直感的に動くことが人生の中であったと語るベンビー。

そこで、昨年の8月、俳優として東京に行くか、アメリカに行くかを関係者に相談したそうだ。ところが、関係者の方は、「東京もアメリカも飽和状態。今はタイが良い」とアドバイスしたらしい(笑)。

そのアドバイスを受け、色々と調べる中で一番ワクワクしたのが東京だったそうだ。レギュラーでラジオ番組を持っていたベンビーだったが、4月は番組改変のタイミングもあることから、そのタイミングで4月と決めたとのことだった。

ちなみに、2月20日には物件を契約しているようで、すでに家賃が発生している状態だそうだ(笑)。

お笑いを始める前から、すでに先の先を見ていたという、ベンビーの夢の実現力はすごいの一言。東京のその先には、もしかすると世界も見据えているかもしれない。となると、タイミングが来たら、世界のベンビーになることもあるのだろうか。ワクワク感が止まらない話だった。

「デビューから一番、ドンッと受けたネタは何ですか?」

デビューからさまざまなネタを披露してきたベンビー。彼が感じた「ドンッと」受けたネタは一体何なのだろうか。お客さんも期待のこもった眼差しで、舞台上のベンビーを見つめる。

「2013かなぁ、14かな、お笑いバイアスロンで漫談とコントをやったんですけど、そのときの「ジャパネットたったかたー」ですかね。動く仏壇の。家族が集まる必要はありません。仏壇からうかがいますっていうやつ」

このネタは、歴代お笑いバイアスロン王者が選ぶベストワンネタにも選ばれたそうだ。会場からは拍手が起こり、ベンビーをたたえていた。

ここで、空馬が時間も来たので、コーナーを終わらせようとしたのだが、記者席からの強い圧があり(笑)、最後の質問を受け付けることに。2人から手が上がっていたため、2人の質問を一つにまとめようと空馬が提案する。2人の質問は「役者としての思い出」と「(小指を立てて)コレ関係」だ(笑)。

「役者の女、お願いします」

まとめ方の雑さに、会場からは爆笑が(笑)。ここは、ベンビーが「短くして女優ということで」と見事にまとめてみせた(笑)。

ベンビーの「女優との思い出」が語られる。それは、人気の女優「井上真央」との思い出だった。井上真央の名前が出ると、会場から「お〜っ」という感嘆の声が漏れた。

1月2月の沖縄での映画ロケ。寒い最中に、ベンビーは防波堤の先っちょで、ひとり海を見ていたという。ベンビーはその映画で方言指導をしていたそうで、井上真央が背後からやって来て、「先生」と呼び掛けると、「これ、私の気持ちさ〜」と言ってカイロをて渡してくれたのだそうだ。

このエピソードに、お客さんは万雷の拍手。素敵なエピソードに会場がほっこりとしたところで、ベンビー記者会見のコーナーは幕を閉じた。

ベンビー オン・ステージ

記者会見の席が片付けられ、ここからはベンビーに、ただただ気持ちよく歌を歌ってもらうためのコーナーが開催された。

歌が大好きだというベンビーのために用意されたコーナー、リハーサルで3曲歌ったというベンビーは準備万端。

歌う曲は、自身のオリジナル曲「笑いじわ」だ。ベンビーの20周年を記念して曲を作ろうということになり、その半生を吹き込んだボイスメモをベースに、元Sky's The Limit(スカイズ・ザ・リミット)の大城貴文が作詞・作曲したという名曲。

親への感謝などを込めた、しっとりとした曲のため、手拍子はせず聞いてほしいとのことで、お客さんはベンビーの方を見て、曲を聴く体勢になる。

少し掠れた声が、何とも魅力的なベンビーの歌声。会場はしっとりとした雰囲気に。お笑いライブとは思えない、素敵な空間が出来上がっていた。

歌詞に込められた優しさを味わえる、本当に素晴らしい時間を過ごすことができた。曲が終わると、会場の拍手は鳴り止まず、「ありがと〜」の声も聞こえてきた。「ありがとう、ベンビー…」会場の誰もが、そう思っていたに違いない。

ベンビーを泣かせよう

楽しい時間はあっと言う間とは、このことだろう。最後のコーナーが来てしまった。最後は、「ベンビーを泣かせよう!」という、タイトルそのまんまのコーナー(笑)。送別会として開催されたライブ、メンバーそれぞれの思いの丈を綴り、ベンビーを泣かせようというのだ。

その間、スクリーンなどの準備が行われていたのだが、なぜかスタッフのように働く金城の姿が(笑)。その姿を仲座にイジられると、お客さんから爆笑が起こる。

セッティングが整うと、金城からベンビーとゆかりのある人物から感動のメッセージが届いていることが告げられる。

「今日は、時間が作れなくてここに来られなかった、僕の嫁さんのメッセージを紹介したいと思います」

そう言って、スクリーンに映像を映し出す金城(笑)。そう、ベンビーを泣かせようのコーナー、1人目は金城の奥さんだった!

「ベンビーとの思い出といえば、私の大事な大事なMDウォークマン」

と、まさかのベンビーの思い出トークのコーナーでも出てきたMDウォークマンの話が!(笑)この展開には、お客さんも吹き出さずにはいられない。時間差の天丼(1度したボケを2度繰り返すこと)とは、思ってもいなかったので、筆者は飲んでいたレモン酎ハイを吹き出すところだった(笑)。

これで、ビデオメッセージは終わりだと告げられると、ベンビーは驚いて、「えっ、僕の家族とかじゃないの?」と思わずポロリ。

「家族に声かけしたけど、断られた」

仲座の一言に「嘘でしょ⁉︎」と唖然のベンビーの姿に、笑いが起こる。おそらく、冗談だとは思うが、小さなくすぐりが会場をわかせていた。

ところが、サプライズはこれで終わらない。続いて登場したのは、ベンビーの話にもよく出てくる人物。ベンビー唯一の相方、神田さんだった。

神田さんは、先ほども話に出て来ていたが、オリジンの新人発掘オーディションを一緒に見に行ったという盟友。1度もネタはやったことがないが、お笑い談義に花を咲かせた人物だ。

神田さんは、ベンビーと中高と同級生、大学も一緒で、色々あって大学を長く経験し、一緒に卒業したという深い絆で結ばれていた話からメッセージを語り始める。

本当は手紙を書いてこようと思っていたらしいのだが、思い出が多いことや、ライブ感がある方が面白いだろうと言うことで、その場で印象的なエピソードを語った。

忘れ物が多いというベンビーと一緒に居酒屋へ行ったときの話。その日、ベンビーは車を置いて帰ったため、翌日、高速に乗って車を取りに行ったところ、途中で鍵を忘れてしまったことに気づいたという(笑)。結局、鍵を取りに戻って、再度同じ道を通ったそうだ。そのときの高速料金はまだもらっていないと続けると、会場が笑いに包まれた。

趣味も一緒で、気が合ったという2人。新人発掘オーディションの際、神田さんは怖気づいてしまったそうだが、ベンビーはその雰囲気に燃えていたといい、会長室に呼ばれると、本気でやる気があるのかと聞かれたそうだ。神田さんが「考えます」と答えたのだが、ベンビーは即、「やります」と答えたという。

そこで進む道は違ってしまった2人だが、神田さんの仲間内では、ベンビーが全国的に売れたときには、銀座で寿司を奢ってもらおう、1貫何千円もする寿司を奢ってもらおうと話しているそうだ。

50を手前に東京に行ってしまい、沖縄にいなくなるのは寂しいと語った神田さん。会場も少し、しんみりしていたが、やはりベンビー唯一の相方、しんみりで終わらせることをしなかった。

「寿司が近づいてきたなと思ってます」

と、ボケを入れてきた。そこにすかさずベンビーが、「寿司が近づいたというか、俺が銀座に近づいたんだけどな」とツッコミを入れる。しんみりとした雰囲気が、一瞬にして笑いに包まれ、会場中に笑顔が満ちた。

もしかすると、ベンビーにしんみりは似合わないな、という神田さんの心配りだったのかもしれない。本当に、素晴らしい「相方」を持っているベンビー。きっと、昔からお互いが大事な存在だったんだろうなと感じさせられる瞬間だ。筆者は勝手に泣きそうになっていたのだが(笑)。

「本当にすごい奴だと僕は信じているんで」

神田さんのメッセージもいよいよ締めに入るところで、この一言。お客さんからは、「おーっ!」と囃し立てる声が響く。やはり、最後は感動に持っていき、泣かせようとしているのかと思いきや、

「交通費込みで、銀座に招待されるのを心待ちにしています」

と、オチをつけると笑いと感動が渦巻いた。2人の世界に引き込まれ、お客さんも大喜び。会場は、あたたかい気持ちに包まれる。

そんな、素敵な雰囲気の中、最後はお笑い県営団地のメンバー4人が、ベンビーに思いの丈を伝える時間が設けられた。

「最後は、本当にベンビーさんに泣いてもらおうと思って、用意しました」

仲座がそう言って紹介したのは、なんと「日本一短い母への手紙」だった。自分たちの言葉ではなく、泣かせるために、感動的な本を用意したのだ(笑)。最後まで気を抜けないお笑い県営団地、恐るべし(笑)。

メンバーが1人ずつ、泣けると思った箇所をベンビーに読み上げていく。本にはガッツリと付箋が貼ってあった(笑)。みんなが涙を流す振りをするシーンもあり(笑)、会場も盛り上がる。

「いや、泣かせる気ないだろ!」というツッコミは、誰も入れない。会場も舞台の様子を笑いながら見守っている。やはり、ベンビーにお涙頂戴は似合わない。会場の全員が笑顔でいることが、最高の花向けだ。

ベンビーを泣かせようのコーナーは、最後の最後まで、心のあたたかさと笑いで満たされていた。

エンディング

全コーナーが終了し、「お笑い県営団地 ベンビー送別会」はエンディングを迎える。そして、ここでベンビーにお客さんに餞別袋を渡していたことが告げられる。ベンビーは、それをまったく知らなかったようで、驚きの表情を浮かべていた。

東京へ旅立つベンビーに、心のこもったメッセージ入りの餞別袋が直接手渡される光景。驚きの表情のベンビーと、応援の言葉をかけながら笑顔で手渡すお客さんの姿。次々と途切れることなく、前に出てくるお客さんに、いかにベンビーが愛されていたのかが分かる。

「ベンビーさん、ずっと大好き」

「東京行っても沖縄を忘れないでください」

など、ベンビーのことが好きで好きでたまらないファンからの気持ちが、そこにあふれている。

さらに、今日のライブのギャラをすべてベンビーに渡すと発表があり、恐縮する姿も見られた。

「神田、これで寿司食べに行こう!」

そんな冗談も飛び出し(笑)、お客さんの笑い声と拍手があふれる中、いよいよベンビーが締めの挨拶に立つ。「お笑い県営団地 ベンビー送別会」も佳境に入る。

「本当にありがとうございます。え〜、泣きかけました」

この一言に、会場や出演者から「泣けよ!」のツッコミが(笑)。このツッコミに笑い声もあちらこちらで上がっていた。

「これまでも、影響を考えてこずというか、まあ、お笑いをやって来たんですが、今回も自分勝手に東京に行くと決めて発表したときに、色々な反響をいただいたんです。

記事を読んで、転職を悩んでいたけど決心しましたとか。勝手に生きてきた自分でも、こんな風に影響を与えることができるんだなぁって初めて知ったんですね。

東京でも、まだオリジンのライブしか仕事は決まってないんですけど、信念を持って動いていたら、協力してくれる人が出て来てくれるというか。だから、不安なくというか、ワクワクした気持ちで東京に行くんですけど…こうやってわがままを通してもらっているからには、昔から応援してたんだって胸張って言えるように、大きくなってきます!

ちょろっと、地球を盛り上げてきますので…」

感動的なスピーチだったのだが(笑)、ここでキャンから「地球をまでは良かったのに」、仲座からは「活動家みたいになってる」とツッコミが入り、会場が笑いに包まれた。しんみりとしたところで、笑いのスパイス。やはり、長年お笑いを続けてきた芸人の勘所は素晴らしい。笑いが入ったところで、しんみり感のあった会場の空気が、あたたかいものに変化した。

「ちょっと、フワフワしてはいるんですけど、節目節目で直感で動いてきて、失敗した試しがないので、そこはもう、本当に皆さん期待してもらっていいので、これからもベンビーをよろしくお願いします!」

ベンビーの挨拶に会場からは大きな拍手と指笛が鳴り響く。最後は、予定にはなかったが、ベンビーを花道で送り出すことに。

「ベンビーさん、花道終わったら、写真撮影するから戻ってきてね」

仲座の一言に、会場が笑いに包まれる。ベンビーは一度、花道を通って出て行き、また花道を通って戻って来る(笑)。

最後は、会場全体で記念撮影を行い、「お笑い県営団地 ベンビー送別会」は幕を閉じたのだった。

ベンビーが踏み出した一歩に勇気をもらった!

終演後、出演者、お客さんも大勢が残り、飲み会が始まる。ベンビーは舞台上で、多くのお客さんと写真撮影を行っていた。

筆者も、直接言葉を伝えたく、写真撮影の列に並ぶ。お客さんは、ベンビーに激励の言葉や感謝の言葉を述べている。

50歳という節目、多くの人は変化を求めたりしないだろう。変化することは、恐れがともなうからだ。今までの安定した環境を捨て、まだ何もない場所へ飛び出して行こうとするベンビーの姿に、心を打たれた人は多いのではないだろうか。

人生に悩みや葛藤は尽きることがなく、何らかの不安を抱えながら、悶々と生きている人もいるかもしれない。しかし、そんな状況を打ち破るには、自分自身で動くこと。自分が楽しいと思えることをしていくこと。そんな、力強いメッセージをベンビーから感じた。

筆者もベンビーにお礼を伝え、写真を撮ってもらう。撮影者はキャンヒロユキ。なんと豪華なシチュエーションだろう。そんな1枚を載せて、レポートを締めたいと思う。

と言いながら、やっぱり最後はお礼の言葉で締めたい(笑)。

お笑い県営団地メンバーである、ハンサムの2人、空馬良樹、キャンヒロユキ、ベンビーに、この素晴らしいライブを開催していただいたことに厚く御礼を申し上げる。

そして、1人で参加して心細く感じていた筆者に声をかけていただいた、ベンビーファンの心優しき皆さんにも、御礼申し上げたい。

素晴らしい時間を、ありがとうございました!

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